保険加入の危険選択で危険の評価に必要なのが保険医学であり、臨床医学と異なることは、他の項の「危険選択って何」「契約を断られた、契約に条件が付いた」の項で記述しています。保険医学の解説をして見ましょう。
外科医がメスで手術を行い、内科医が薬で治療するように、また病理医は顕微鏡で判断するように、保険医学は、選択手段(告知書、健康診断結果、医師の診査結果など)を用いて加入申込者の危険を評価する医学です。
特徴は、大量のデータを扱うが、扱っている医学データの質は必ずしも高くない。評価の結果は臨床で扱うほど精度が高くないということになります。「契約を断られた、契約に条件が付いた」の項でも述べましたが、
臨床医学との違いを実例で示してみましょう。
<例1:PSAが高い、組織検査で異常なし>
よくあるケースですが、PSA(前立腺がんがあると高くなる)という血液検査の結果が高い男性の加入申込者です。
申込者:
PSAが高い(18.0)だと言われて組織検査(針生検)を受けたが、がんではなかった。3ヵ月後にまた病院へくるように言われたが、治療も何もないので当然保険加入できる健康度だと思っている。主治医からも生検結果が問題なくてよかったですねといわれた。
保険会社:
PSAはかなり高い1回の組織検査で異常が無くても今後前立腺がんが発見される確率はかなり高い。とても保険は引き受けられない。
というケースでは、契約申込者と保険会社の判断に大きく差のあったわけです。
<例2:高血圧で治療 血圧164/94>
申込者:
65歳男性だが何年も高血圧で治療してきているし、この年齢だったら多くの人が血圧で治療している。ずーっと血圧の値も安定していて主治医からは血圧のコントロールが良好と言われている。
契約に多少の条件は付くかもしれないが、何故保険料がそのように高くなるのか納得できない。
保険会社:
保険会社が蓄積しているデータを分析すると、この年齢の男性で健康な方(血圧治療をされていないし、正常な血圧値の方)と比較して死亡率は高く、終身保険だと月額保険料は***円高くする必要があるので、保険料割増徴収の条件を提示しよう。
このように、加入申込者と保険会社の間に判断のズレが生じています。消費者の方には納得ができないことかもしれませんが、このような判断プロセスで保険会社からは査定の結果の提示がなされるわけです。「主治医が大丈夫と言ったのに、と言った」という思いは強いかもも知れませんので、最後に少しだけ臨床医学と保険医学の差を示す例の説明してみましょう。
<例3:早期胃がん手術直後>
主治医:
早期胃がんです。治療後5年生存率(粗生存率)は95%ですから、まず心配要りません。
医学の進歩で早期胃がんをわれわれ臨床医は克服したのです。(臨床医学的判断)
保険会社:
早期胃がんだが、治療後5年間で100人に5人も死亡する。胃がんの無い人は5年で100人で1以内の死亡の確率しかない。早期胃がんの治療をされた方は、早期胃がんの無い方の約5倍の死亡確率なので早期胃がん直後の加入申込者は、契約を見合わせしていただこう。(保険医学的判断)
このように、それぞれ判断している軸が異なります。
保険会社では、大量の情報を扱いますので、時として公衆衛生学に貢献できるような経験も積んでいます。一方、扱っている個別データの質の精度は低いので、個人の評価について判断誤差が大きくなっているのも事実です。
主治医は臨床の場で、精密検査を実施したり、より精度の高い医療機器で診断したり、時間を掛けて経過を追いながら患者を観察することが可能です。しかし、危険選択で取り扱うのは一時点の限られた医療情報にしかすぎません。保険医学にも限界があることを知っておく必要はあります。
各保険会社では、保険医学の経験を蓄積・分析しほぼ死亡保険に関して危険の評価体系が完成しています。日本の大手生保では多くの医師を雇用し保険の診査を行ってきました。現在も大手生保では多くの医師が診査に携わっています。健康診断が普及する前の時代では、保険の診査を通して高血圧や糖尿病・腎臓病あるいは肥満を発見し、間接的に保健指導をしたという公衆衛生的な役割も任じてきました。医師による診査は、危険選択の中心であった時代が明治以降つい最近まで続いていきました。最近では、健康診断の普及により健康診断の結果の利用が診査に替わる選択手段として位置づけられるようになり相対的に診査の利用機会は減少していますが、高額契約の選択には現在も重要な価値を持っています。このように、保険の診査に裏づけされた保険医学は、死亡保険の隆盛と共に歩んできたわけです。
しかし、最近では死亡保険と異なり、より医学知識の必要性が高い第三分野商品(がん保険、医療保険など)が普及し、あわせて医療も高度化・専門化・複雑化する中で、死亡保険とは異なった意味で保険医学の重要性が高くなってきています。
すなわち、医学と生命保険を繋ぐという保険医学の役割が、第三分野商品の販売・維持管理の各場面で必要とされるようになってきています。民間保険制度・保険商品・約款・保険数理の知識を踏まえて保険医学の専門家が臨床医と対等に話し合う姿が、今後の保険医学の姿になっていくはずです。その意味でますます保険医学が重要になるはずだと当研究所は考えています。